佐賀大学 ティーチング・ポートフォリオ

氏名
永野 幸生

教育の責任

私は、佐賀大学総合分析実験センターに所属する。ここでは,生物多様性条約の下のカルタヘナ議定書(遺伝子組換え生物を扱うための国際的取り決め)を担保するための国内法が、学内で適切に遂行されるための管理およびそれに関わる教育に携わっている。また、本年の8月に日本が締約国になった、生物多様性条約の下の名古屋議定書(遺伝資源の移動に関する国際的な取り決め)に関しても、管理およびそれに関わる教育に携わっている。また、総合分析実験センターでは、各種の分析機器を提供しており、これら機器の管理や、使用法に関する教育にも携わっている。さらに、放射線取扱主任者が不在なときには、放射線取扱いに関する管理や教育に携わることがある。これらの業務を遂行するために、学生のみならず、教職員も対象に定期・不定期の研修会として教育を行っている。
また、私は佐賀大学大学院農学研究科に属しており、ここで修士課程の学生の教育・指導を担当している。ここで担当する主な科目は、分子細胞生物学特論・細胞情報学特論・農学総合講義・特別研究である。分子細胞生物学特論・細胞情報学特論では、自らの専門分野である分子生物学の中でも、ゲノム科学やデータサイエンスを中心に教育している。農学総合講義は、オムニバス形式の科目であるけれども、上述の総合分析実験センターにおける責務と関連した「生物多様性条約の下のカルタヘナ議定書・名古屋議定書」を農学研究科の大学院生全員に教育する機会になっており、重要な科目である。特別研究は、修士論文作成を目的とした研究の指導である。後でも述べる様に、ここでの指導は私が特に重視している教育理念『「科学的思考法」あるいは「科学の方法」の伝授』を学生に伝える大切な機会となっている。
佐賀大学農学部には所属こそしないものの、農学部の学生の教育・指導を担当している。ここで担当する主な科目は、分子細胞生物学・卒業研究である。分子細胞生物学では、自らの専門分野である分子生物学の中でも、特にゲノム科学周辺を教育している。卒業研究も、教育理念を伝える大切な機会となっている。
また、全学教育機構の基本教養科目として「生物科学の世界B」を、全学の希望者を対象に教えている。今後、各個人の遺伝情報が全解読される時代になるが、その影響についても議論して、「遺伝」という現象の重要性を、幅広い人に伝える良い機会となっている。
また、佐賀大学以外でも鹿児島大学大学院連合農学研究科にも属しているが、ここでは佐賀大学以外での活動については言及しないことにした。
これらの教育の責任を果たすために、主な科目としたもの以外も含めて授業科目を根拠資料1(学部教育科目)および根拠資料2(大学院教育科目)にまとめた。

教育の理念

私の特に重視している教育の理念は、「科学的思考法」あるいは「科学の方法」を教えることを通して、スペシャリストとしても、ジェネラリストとしても活躍できる人材を育成することである。

「科学的思考法」あるいは「科学の方法」は、1. Make an observation, 2. Form a hypothesis, 3. Perform the experiment, 4. Analyze the data, 5. Report your findingsの手順からなる。日本における理系大学教育、あるいは大学院教育では、3.のPerform the experimentを重視しがちであるが、ここだけを教えても「科学的思考法」あるいは「科学の方法」を身に着けたことにはならない。これら全部を教育することが必要である。
このように思うのは、研究現場での実体験、つまり、卒業研究や修士論文研究が行われている現場での見てきたことに基づいている。私の専門とする分子生物学の研究分野は、近年、データサイエンスによる研究手法が勃興してきたものの、実験科学主体の分野であった。実験科学主体の研究現場では3.のPerform the experimentのみを重視することがしばしば見受けられる。
一つは、教員(研究者)側の問題である。指導される側の学生に、ひたすら実験のみをさせても、研究成果が生まれることがしばしばある。そのために、労働集約的な長時間労働を学生に強いることが見受けられるのである。
もう一つは、指導される学生側の問題である。実験のみを行っていても、教員(研究者)から厳しく指導されないために、安心してしまうのである。そもそもこの単純な実験の繰り返し作業を研究と思っている学生さえいる。
「ピペット土方(どかた)」もしくは「ピペット奴隷」というインターネットスラング、またはそれを略した「ピペド」という言葉がある。これは、生命科学の研究室での単純労働者を指す言葉である。このスラングの存在こそが、この問題の深刻さを示している。
生命科学系の研究現場(大学・企業・その他の研究機関)には、研究の立案を行わず、実験のみを行う職種が存在する。このことも、教員(研究者)側や学生側が、実験のみをすることに満足するという問題の背景にある。しかし、価格こそまだ高いものの人を上回る性能の生命科学実験を行うロボットが出現している。学生が機械に置き換わりつつある職業についてもらいたくないというのが、私の気持ちである。
そのために、5つのステップうちの、3. Perform the experiment以外をしっかりと教育していきたいと思っている。
特に、5つのステップのうちの最初のステップである1. Make an observationを行うためには、これまでの膨大な発見・知識をあらかじめ知っておく必要がある。つまりGoogle Scholarのウェブサイトにもある「Stand on the shoulders of giants巨人の肩の上に立つ」ことが重要である。あるいは、論語にある「子曰、学而不思則罔、思而不学則殆(子曰く、学びて思わざれば則ち罔し(くらし)、思いて学ばざれば則ち殆し(あやうし))」が重要である。
これまでの膨大な発見・知識をあらかじめ知っておくことの重要性を痛感した私自身の体験を記しておこう。私が卒業研究を始めたとき、これまで学んできた学習内容では、指導教員と高度な議論できず、実験作業のみで卒業研究が終わってしまうことに気がついた。つまり、能動的(アクティブ)に研究を行えないことに気がついた。そこで、当時出たばかりのMolecular Biology of the Geneの4版を原著で読み上げ、また、論文をたくさん読むことを数ヶ月かけておこなった。そして、辞書なしで論文が読めるようになった頃に、なんとか指導教員と議論できるようになった。現在、能動的(アクティブ)に学ぶことが推奨されているが、その難しさを知った体験となっている。
私は、自ら膨大な発見・知識をあらかじめ知らないと、上述の5つのステップを実行できないことに気がついたが、多くの学生がそうではない。卒業研究のために研究室に配属された時のみならず、講義等の機会においても、過去の発見・知識を知ることの重要性、及び、それを知ってから、上述の5つのステップを実行できることを伝えていくことが重要だと思う。
上述の「科学的思考法」あるいは「科学の方法」を教えることを通して、スペシャリストとしても、ジェネラリストとしても生きていける人材を育成していくことは大学卒業後の知的な活動・生活一般に役立つと考えているからである。

教育の方法

上述の教育理念を遂行するために教育方法を工夫することが大事である。また、動機付けとしての「科学の楽しさ」を体験させることも教育方法に取り入れることが重要であると考えている。そこで、「科学の楽しさ」を体験させることの重要性を下記で説明した後に、個別の教育方法の工夫を述べる。

私は、大学教員になることを目指した理由は、子供の頃、科学が楽しそうだと感じたからである。また、実際に楽しいと今でも感じている。人生は楽しくなければならない。ぜひ、この「科学の楽しさ」を学生たちに伝えていきたい。
では、なぜ科学は楽しいのであろうか?発見が喜びなのだと思う。私自身の研究活動は、小さな発見の積み重ねであり、それが大きな発見につながっていった。便利な時代になったもので、Google ScholarでYukio Naganoと打てば、私達による代表的発見を知ることができる。引用元が100を超えるものについては、大きな発見であると自負している。これら「大きな発見であると自負するもの」の中には、佐賀大学で行ったものも含まれる。私自身は、これら大きな発見も、小さな発見もとても楽しかった。この楽しさを伝えるための個別の工夫については後述する。
この「科学の楽しさ」を伝授することが、上述の教育理念『「科学的思考法」あるいは「科学の方法」の伝授』とつながっている。「科学の楽しさ」を味わえば、教育理念で取り上げた5つのステップを頑張って実行しようとするし、また、これらステップを実行すれば、科学の発見がより楽しいのである。

1.	講義の工夫1(図を多用することでわかりやすく)
全学の希望者を対象とした講義「生物科学の世界B」や、農学部での専門科目「分子細胞生物学」では、図を示し、その図を説明するという方法で講義している。つまり、文の羅列にならないようにしている。文で理解するよりも、絵で理解したほうが、多くの場合、分かりやすいからである。
(証拠となる資料は権利の関係で、示すことができない。)

2.	講義の工夫2(発見過程も含めて講義)
全学の希望者を対象とした講義「生物科学の世界B」では、「遺伝」について教えている。今後、各個人の遺伝情報が全解読される時代になるが、その影響を考える機会になって欲しいと考えている。一方で、「遺伝」という現象を、幅広い人に伝えるのは難しい。また、難しいことを教えつつ、「科学の楽しさ」も伝えたい。この講義で活用しているものは、DNA from the beginning (http://www.dnaftb.org/)の内容である。発見の過程を紹介しつつ、「遺伝」に関わる諸事項を解説している。発見の過程が紹介されていることで、事実・事項のみを伝えることにならず、上述の教育理念を伝え、また、教育方法で重視したい「科学の楽しさ」を伝えることになる。
(証拠となる資料は権利の関係で、示すことができない。)

3.	講義の工夫3(考えさせるための演習・試験問題)
全学の希望者を対象とした講義「生物科学の世界B」や、農学部での専門科目「分子細胞生物学」では、科学的事項を伝えるだけではなく、考えさせるために演習問題を与えている。また、試験問題も科学的事項を説明させるような問題を少なくし、考えさせる問題を多くしている。つまり、私が大学生だった頃に多く行われていた、講義で科学的事項のみを学び、試験ではそれを説明するという形式をとっていない。幸いにも、「生物科学の世界B」で活用しているDNA from the beginning (http://www.dnaftb.org/)や、「分子細胞生物学」で活用している教科書「Essential Cell Biology」では、優れた演習問題が提供されているので、これを活用している。
(証拠となる資料は権利の関係で、示すことができない。)

4.	講義の工夫4(考えさせるための学生実験)
 農学部三年生を対象に「生化学実験」を教えている。実験操作法の習得だけにならないように、考察を重視したレポート作成を促している。また、実験内容と関連した演習問題も出し、より考察を重視させている。さらには、「コピペ検出ソフト「コピペルナー」を導入した」と実験中に宣言することにより、不正行為を防ぎ、他人のレポートを写すことで考える機会を失うことがないよう工夫している。
なお、http://www.iac.saga-u.ac.jp/lifescience/Jul_19_2014.pdfに不正行為防止策の成果を公表している。

5.	講義の工夫5(考えさせるための大学院の講義)
大学院の講義「分子細胞生物学特論」および「細胞情報学特論」では、ゲノムなどのデータを直接コンピューターで解析させる演習型の講義を行っている。データサイエンスを先導しているゲノム科学について、生のビックデータを解析することで、最先端生命科学研究を実施するための即戦力養成に繋げている。
つまり、生のデータを解析させることで、上述の教育理念を実行することにもなるし、解析過程で新たな発見があることから、教育方法で重視したい「科学の楽しさ」を伝えることにもなっている。
(証拠となる資料は権利の関係で、示すことができない。)

6.	卒業研究・修士論文研究における取り組み
上述の教育理念を実行し、教育方法で重視したい「科学の楽しさ」を伝える最大の機会である。先人に敬意を払うことの重要性を説き、上述の5つのステップがすべて大事であることを説いている。また、なるべく学生本人に発見させるために、研究に関する指示の量を多くも少なくもないよう、適切な量にしている。また、多くの研究室と同様に、学術論文の紹介を研究室員の前でさせている。その際には、まず学術論文を読むことが重要であるが、単に読ませるだけではなく、読めているかどうかの確認を徹底し行っている。その後に、皆の前で発表させている。つまり、論文紹介をさせた後に、「きちんと読めていない」と指導するだけで終わるケースが多いが、それは行っていない。修士論文研究の学生に関しては、必ず国内外で学会発表させるとともに、自ら論文を書いて学術誌へ論文投稿をすることを推奨している。卒業論文研究の学生に関しても、卒論発表会の他に、学会での発表を促している。

今後の目標

・自らを磨きたい
 教育、および、教育と一体の研究についてもっと頑張って、自らを磨きたい。

・「根拠に基づく教育学」をもっと勉強したい
「根拠に基づく教育学」の重要性を説いたけれども、これに出会ったのは最近である。人に進められて、中室牧子著『「教育」の経済学』を読み、衝撃を受けた。もっと「根拠に基づく教育学」に関する勉強をし、これを自ら教育に活かしたい。

・国内外でリーダーとして活躍する人材を育てたい
 今後もリーダーとして活躍する人材を育てたい。特に、国外で活躍している人が少ないので、国外で活躍する人材を育てたい。

・教育業績で表彰されたい
「ひらめき☆ときめきサイエンス」には実施者の表彰制度がある。この事業を続けて実施し、表彰されたい。

・開発されることを期待している「教育力評価・検索サイト」で高い評価を得たい
 将来、教育能力を世界規模で数値化し、教育能力を評価・検索する技術が開発されることを期待している。例えばGoogle社が開発するならGoogle Educatorという名称になるかもしれないし、ResearchGateのごとくEducationGateという名称かもしれない。この開発されることを期待している「教育力評価・検索サイト」で、私自身が高い評価を得たい。

エビデンス

根拠資料1 学部教育科目
根拠資料2 大学院教育科目
根拠資料3 FD活動参加記録
根拠資料4 「生物科学の世界B」の授業評価アンケートの結果

参考資料

参考URL

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