佐賀大学 ティーチング・ポートフォリオ

氏名
日比野 雄嗣

教育の責任

数理科学科の1,2年生向けの専門必修科目の微分積分学,
3年生向けの専門選択科目の演習科目,
理工学部他学科向けの周辺科目,
共通専門基礎科目の農学部向けの微分積分学,
全学教育の一般教養科目
など

この他に4年生のゼミ,大学院修士のゼミ
出前授業などで高校生に数学に対する興味を持たせる講演
推薦入学合格者に対して,入学前に微積分およびベクトルの基礎を復習させるために,e-Learningを用いた「入学前学習」を指導

教育の理念

数学の重要性は,その論理性である。
数学科を卒業した学生が数学を活かした職業に就くことは難しいが,
数学の論理力を活かした仕事はいくらでもある。
このような論理力を育てる教育をしたいと思っている。
論理力というのは,物事を論理的に筋道立てて考える力である。
そのような能力は誰にでも必要だと思うし,
数学の勉強だけがそれを伸ばすことができるというわけでもない。
しかし,数学自体が面白く,そして美しいものなので,
楽しみながら論理力が身に付くのである,
ということを伝える教育をしたい。

数学はその抽象性において,
つまり,物事の本質を見つけ出しそれを取り出してその性質のみを吟味するという,
数学という学問のその特質のために,
数学は汎用性を獲得している。
例えば,現実の事象をモデル化して微分方程式などを作り,
それを解くことを研究することによって,
その結果はモデル化の元になった物理現象だけではなく,
別のモデル化の結果,同じ微分方程式を満たすことになった経済現象をも
説明できるようになるということである。
このように抽象化された中で議論を進めるために,
数学を勉強することによって論理力が自然と鍛えられる。
この抽象性,そして論理性が,高校までの,問題を解くことを目指した数学と,
大学の数学の大きな違いである。
ただ,実際に講義をする対象は,数学を専門とする学生ばかりではないので,
それぞれのレベルに応じて,その目標を変えていくことになる。

私の講義は,
基本的に,黒板に板書する形式で行っている。
毎年同じ内容の講義を行うし,
2015年には微積分の教科書を書いた(「ステップアップ微分積分学」(培風館)
ISBN978-4-563-00495-4
)(資料3)
ので,
電子ファイルとして微積分の内容を打ち込んだ資料はあるのだが,
これをプロジェクターを用いて授業に利用することは基本的にはしない。
黒板に手書きで書くことによって余分にかかる時間が,
数学の内容を理解するのにちょうど良いからである。
黒板に書くことも,準備して暗記して書くのではなく,
考えながら書くことで,学生の理解が追いつくようにしている。
特に,低学年のうちは理解が遅いので,喋りながら書いて,
書き終わってからもさらに喋るくらいでちょうどよい。

演習は学生に問題の解答を板書させ,
それに対する評価・解説をする形式である。
最近は,板書をノートする代わりに写真に撮る学生が多いが,
演習の場合は講義と違って,何人もが一度に板書するため,
ノートを取るのが難しいのは確かである。
演習の板書は前と後ろの黒板をフルに使い,
基本的に黒板を消さないようして,
撮影の便宜を図っている。

教育の方法

特長的な方針及び具体的方法に関しては,
科目によって,対象としている学生及び
目標としているレベルが異なるので,
いくつか主な科目を取り上げ,
それぞれの科目ごとに述べる。
\paragraph{基礎数学}
農学部1年向けの科目なので,
数学への興味を損なわないように,
高校の話の続きとして理解できるようにする。
(選択科目なので,この科目を選んでいる時点で,
農学部といえども,数学に興味があることは前提としている)
内容は数III+αなので,
数IIIを習っている学生には連続性が感じられるように内容を絞る。
完全に理解できなくても,覚える程度で構わない。

農学部の入試には数II までしか課していないので,
予備知識のないものが多いことが予想されたため,
質問を多く受け付けたほうが良いと考えた。
しかし,講義時間が足りないので,紙で質問を集め,配布により回答した。
これで,一度に全員に解説が行き渡る。(資料4参照)

学習している単元自体は,
数理科学科向け専門必修科目の「微分積分学基礎I」と変わらないが,
試験問題は公式を書くだけ,のような,覚える問題を中心に出題する。
(もしも教科書持ち込み可なら正解が得られるような問題。資料5参照)
数学の試験を記憶で切り抜けるのは本質とは異なるが,
問題を解くためにまずは知識を定着させることが必要である
という理念に基づくものである。


\paragraph{微分積分学基礎演習II}
これは数理科学科の専門必修科目であるが,
演習科目なので,とにかく問題を解くことを目的とする。
各単元の基本例題くらいは全員が解けるようになることが目標である。
全員がすべての単元の問題を板書するわけにもいかないので,
他人の板書された解答を見るのも勉強のうちと考え,
出席を評価の対象とする。

しかし,他人の解答を見る
(これは教科書の例題を読んだり授業を聴くのと同じ)のと
自分で考えて問題を解くのとでは,
理解の仕方が全然違うのも事実である。
私は,趣味で詰将棋を解くのだが,自分で解くのと,
ただ解説を読むのとでは作品に対する印象が全く違う。
詰将棋には,例えば100手以上もあるような長編もあって,
そういうものを解くような実力はそもそもないので,
そういう作品は答えを見て解説で鑑賞するしかないわけだが,
それでも最初の数手だけでも自分で考えてから解説を読むと,
作品に対する理解がずっと深まることが実感できる。
つまり,学生にとって全然解けない数学の問題であっても,
とりあえず答えを見るのと,
一応考えて無理だと思ってから答えを見るのとでは,
後者の方がずっと理解できるのである。

人数の関係で,一人3問程度ずつくらいしか板書する機会が得られないが,
全員に一通りはすべての単元の基本例題は解いてもらいたいので,
上記の質問カードに小テストを加え,問題を毎週1問ずつ解答させた
(資料6参照)。
出題は直前の授業時間に開講している「微分積分学基礎II」の
その日にやった基本例題の類題である。
(数理科学科では,原則として,講義と演習は連続したコマ
で同じ教員が担当することになっている)
ついさっき習ったばかりの内容だから,そんなに点は取れないかもしれないが,
一応考えてから答えを知るのは
何もしないよりも理解が深まるという理念のもとには,
復習の役に立っていると思う。
採点はTAを採用して行い,結果を成績に若干ながら取り入れた。


\paragraph{微分積分学基礎I・II}
これは数理科学科の専門必修科目なので,
数学に対する興味などが十分にあるとして,
将来の卒研に向けて,しっかりと数学の基礎を固めるために
厳密に数学を行う。
しかし,対象が1年生なので,計算が主である。
微分積分の計算,具体的には,
「微分積分学基礎I」では
逆三角関数の微分やテイラー展開,有理関数の不定積分など,
「微分積分学基礎II」では
2変数関数の極大極小,累次積分を用いた重積分の計算,
体積・曲面の表面積の計算などが
自由にできるようになることを目的とする。
内容の理解が重要なので,
成績評価は試験のみによって行い,
出席を評価の対象としない。

講義は上述の通り,板書によって行うが,
教科書に沿って進めても,基本的に証明の部分は飛ばす。
数理科学科の学生としては証明を厳密にする練習は必要だが,
それは現在の佐賀大学のカリキュラムでは,
2年生向け科目の「微分積分学I」として設定している。
そのためこの講義では,例題による計算例を多く取り上げている。
しかし,論理を重視する視点には変わりなく,
定理と定理の関係や定理をどのように適用してこの計算式に至るのか,
ということを重点的に解説するようにしている。
試験ももちろん計算問題であり,
授業で黒板で解いてみせる例題→演習の小テストでやる類題→試験問題
,と同じパターンの繰り返しで出題しているので,
傾向はわかりやすいはずである。
それにもかかわらず,解けない学生がいるのは,
ひとえに計算力(論理力ではなく)の問題なので,
この出題方針は理念に適っている。


\paragraph{理工学基礎科学}
これは理工学部他学科向けの周辺科目なので,
数学の計算力はあっても理論を必要としない学生対象である。
2015年度は初等整数論を題材に選んだ。
初等整数論も数学であるから,
理論的に証明を行うのが正道であるが,
この講義では,具体的な数値で計算することができればよいとする。
合同方程式などを数値で計算する方法をマスターするのが目的である。

周辺科目は工系の学生が理系の講義を受講しなければならないルールのため,
理系の科目は受講希望者が多い。
しかし,試験で成績評価を行うには,
試験で途中の過程を正しく理解できていることを
キチンと確認しなければならず,
そのためには人数を制限せざるを得ない。
ところが,2015年度に題材に選んだ初等整数論では,
大きな数字で具体的に計算させるため,答えが偶然に当たることは少なく,
よって,答えが合っていれば途中のプロセスも正しいはずだと推定できる。
そのため,e-Learningによる自動採点を採用した。
これで200人超の受講生にも対応できた。

e-Learningの問題を作ることは大変な労力が必要だが,
試験問題を作るついでに毎回の授業の類題を作り,
e-Learningで出題した。
数学的に厳密な証明よりも計算結果が合うことを主眼にしているので,
ゲーム感覚で復習を楽しんでもらえたと思う。


\paragraph{4年ゼミ・修士ゼミ}
4年または修士(さらには博士も)のゼミは少人数で,
基本的には洋書の輪講で進めるが,人数が少ないし,
数学の専門性も高くなっているので,
正しく論理的に理解してから進むことを重視する。
洋書を読ませるのは,日本語の本だとただ朗読していても
正しいことを言っているので,
学生が理解していないのにそのままスルーしてしまうのを防ぐためである。
洋書なら,日本語に訳した時点で間違っていれば,
それは数学が理解できていないことの証左になるし,
訳せないときにも数学の内容から推測することで,
より数学の理解が進むという面もある。

数理科学科では,4年生には卒業研究発表を,
修士には修士論文発表を義務付けているので,
プレゼンテーション技術を身に付けることも重要である。
演習の授業で板書するのとは違い,
10分なり15分なりの時間で数学のストーリーを作り,説明する
というのは,それなりに練習が必要なことである
(もちろん,数学者はそういうことをいつもやっているわけだが)。
私のゼミでは,発表は必ず\TeX を利用して行うことにしており,
\TeX の練習も一緒に行う。
\TeX を扱えるようになることは,数学者なら必須だが,
高校教師などでこれを使用する人はほとんどいないようである。
数式を文書にするときには,ぜひ使って欲しい。

\paragraph{大学院向け授業}
大学院向けの授業は,
数学の他分野を専門にしている修士院生に
確率過程を教えるのが目的だが,
修士ゼミともまた異なり,
初歩をしっかり教えることよりも,
むしろざっと進めて最先端の数学に触れさせるように心がけている。
つまり,高度な数学を対象としていても完璧な理解を要請しないという面がある。

講義では,プロジェクターを使って,
数学の学会発表さながらの雰囲気を与えるようにしている。
プロジェクターを使った講義での問題点は,
講義者は字を書いていないので,
受講生がノートを取る時間を確保するのが難しいことが挙げられるが,
この講義では資料を印刷したものを配布することによってその問題を解決している。

内容は修士の院生相手なので,
式変形のプロセスは後で自力で補完出来ることを期待して
(その式変形のプロセスがレポート課題で,それで成績評価する),
それよりも,
この定理からどういう結果が導かれ,それがどんな状況を意味するのか,
という論理の流れを重点的に解説するようにしている。
そして,最後には自分の論文の結果の解説にまで行きつく。

現実には,佐賀大学では,修士の院生から数学者に進むものはほとんどいないが,
院生として,研究のあり方,醍醐味も味わってもらいたいので,
自分のその論文の次にどういう結果が得られそうで,
ここまで出来てここで行き詰っている,ということまで,
研究の苦しみをも含めて話すようにしている。

今後の目標

■質問カード
出席を取るために「出席カード」を配布し,その下部に「質問カード」として,質
問を書き込むようにしている。授業後に回収して出席を取り,そのとき「質問カード」に書き込ま
れた質問に対して,翌週,質問とその回答を配布する。これにより,直接質問に来ることを躊躇し
てしまう学生にも質問の機会を与えることができている。また,数学以外の質問や雑談にも,回答
をすることにより,クラス内の親睦を深めることができている。(→資料3)
オンラインでも,同じようなことをしようと,質問用掲示板を設置したのだが,ほとんど質問は
なかった。数少ない質問の中にも,数学以外の質問や雑談は一切なかった。対面授業で紙を配布す
るのとオンライン掲示板では,学生からのハードルが違うようだ。オンラインでも活発に気軽に質
問できるようなシステムが望まれる。
■4 年ゼミ・修士ゼミ
前節で洋書を輪講する理念を述べたが,実際には,“正しく和訳して数学は
理解できていない”というケースが多くあった。英語を訳してそれで終了,という勉強法になって
しまっているようなのである。それに,卒研や修論の際にも,数学的な日本語が書けていないケー
スが増えてきた。数学の書には数学ならではの言い回しというものがあって,そういうものは 4 年
(または 6 年) も数学書に触れていればおのずから身に付くものだと思っていたが,最近はそうでも
ないようだ。
そこで,オンラインの 4 年ゼミ・修士ゼミにおいて,和書を輪講してみたが,テキストを丸写し
にした資料を作ってくるだけだった。英語の本のときに訳すだけしか勉強してこなかったのと同
様,日本語の本でも資料に写すだけしかしてこないのだ。「数学を理解してくるまでが勉強」とい
う基本的なことをちゃんと伝えなければならないと思った。
■授業アンケート
佐賀大学では,すべての科目で授業アンケートが行われているが,これが web
で回答する方式になってからすこぶる回収率が悪い。半分足らずの回答率での結果を云々するのは
不十分である。しかし,教育の結果として学生からの意見を収集するのが重要であることは確かで
ある。このアンケートの回答率を上げる方策が今学内で議論されているところだが,それに先立っ
て,自分の授業では自分で授業アンケートを行ってみたい。ちょうど最後の授業の質問カードは,
質問があってもその返事が配布できないので,その欄を利用して,簡単な授業アンケートをするの
は,すぐにもできそうである。
■成績評価について
受講生の各レベルに応じて,目標とするレベルも変え,方法も工夫している
のだが,どうしても不可を取ってしまう学生が存在する。
しかし,それは受講生のレベルがその講義のレベルの達していないのだと考える。例えば,ε論
法のできない学生(つまり,計算力はあるのに論理ができない理系学生)は,工学部に入っていれ
ば数学で優秀な成績がとれたかもしれないのに,数学科では不可である。同様に,公式は覚えてい
るのに計算ができない学生は,農学部に入っていれば数学で優秀な成績がとれたかもしれないの
に,工学部では不可になるということである。このように,どの段階にもそれぞれのレベルに応じ
て達しない学生がいるだけのことである。このようなとき,計算はできているから,とか,公式は
覚えているから,と一つ下のレベルをクリアしていることを理由に『可』を与えることはしないよ
うにしている。
「このようなできない学生は勉強するモチベーションを失っているので,数学に対する興味をそ
そるような授業をするべき」だという意見があるが,公式は覚えているのに計算ができない人に計
算力を上げるモチベーションを与えるのは難しい。計算力がなくて不可になっていることを認識し
ていてなおかつそれをしないのはできないからである。むしろ,そういう『数学に対する興味をそ
そるような』話は,一つ下のレベルから上に引き上げるためのものである。例えば,出前授業のよ
うに数学に進むかどうかわからない集団の中から,数学に興味を持つ人を選りだす手段としては効
果があると考えられる。

エビデンス

資料1(オンラインシラバス)
資料2(教育功労者表彰)
資料3(教科書)
資料4(質問カードの例)
資料5(基礎数学の試験問題)
資料6(小テスト付きの質問カードの例)

参考資料

参考URL

標準版TP

シラバス

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