佐賀大学 ティーチング・ポートフォリオ

氏名
渡邊 啓史

教育の責任

私は佐賀大学農学部(学科)生物科学コース、植物遺伝育種学分野の教員として、准教授という立場で学部学生の教育、研究室での卒業研究等の指導に当たっている。主に植物育種学を専門とし、遺伝、植物育種、分子生物学を中心とした講義および実験等を担当している。

教育の理念

私の専門教育分野は植物育種学であり、植物の育種や遺伝に関する講義を担当している。植物育種とは人間にとって役立つ性質を持つように植物を改良する技術である。食卓に並ぶ多くの品目は人間の手による育種技術を利用した品種改良の結果作られたものであり、先人のたゆまぬ努力の成果でもある。私たちはこれらの成果をただ感受するのではなく、これまでの努力に習い、その成果をより良いものに改善し、次の世代へ引き継がなければならない。特に食料の安全保障および人口増加などの諸問題に対処するために、個々の作物について単位面積当たりの収量性の改良、温暖化等の環境変化に対応した品種の育成、農業の効率化や、持続可能な農業を目指す必要がある。学生は、これらの問題に対する解決策を見出す力を養うために、私の担当する講義では特に育種に関わる各種の理論について学習する。育種による品種の改良とは、ある育種の目標に対して、遺伝子の組み合わせによって、よりよいパフォーマンスを示す個体を選抜することである。たった一粒の種であっても、それが極めて優れた性質を示すものであれば、それは様々な地域で栽培され、多くの人々が口にすることになる。従って育種によって得られた成果は社会全体に大きな影響与える可能性を持っている。
上記のことを踏まえて、学生諸君には育種の有用性や育種学に関連する技術の発達に関する背景を理解するために教科書に基づいて基礎的な知識を身に付けてもらう。それらの学習に基づいて、実際に農業現場で行われている事例を見ると、病害虫の問題や品質の改善など、育種の現場が直面している様々な問題に気が付くことと思う。それらの問題点は時代の状況に応じて変化していくことであろう。それらの諸問題を解決するためには、目の前にある問題を正しく理解し、様々な解決法を考え、それらを取捨選択する必要がある。そして、その時点で利用できる技術を用いて、最善の方法を探さねばならない。そのような状況に対処するために、学生諸君には幅広い知識をもって事例を理解し、実際の研究における応用を学び、諸君が社会で直面する問題を自ら解決する方法を考えるちからを身につけてほしい。
また農学部の学生は4年次になると、それまでに学んだ知識をもとに配属された分野において卒業研究に取り組む。それはテーマに沿って文献を集め、自身の研究に必要な実験および解析手法に習熟し、実験材料を育て、身に付けた技術を用いて調査や分析を実施し、その結果を吟味してテーマに対する結論を導くことになる。どのような実験結果が得られるのか、それは実際に実験をしてみなければ分からない。未知なものを明らかにするという行為に喜びを感じてほしいと思う。
私は学生に対し、このような学習の過程を通じて、学生が自らの力で知識を身に付け、それをもとに問題を把握し、その解決方法を考えることで、社会に対して何らかの還元が出来るような人物への成長を期待している。


理念を支える3つの柱
 1)物事に対する興味の涵養
分からないことが目の前に現れたとき、その物事を理解することは、その個人にとって大きなエネルギーが必要となる。それを負担と感じて、その現象を無視することはたやすい。しかしながら、常に物事を理解するための知識を身につける努力を怠ってはならない。また物事に対する興味を持つことがそれを理解するための原動力となる。

2)体系的な知識の獲得。
世間では詰め込み教育がよろしくないという意見が散見される。しかしながら、物事を正しく理解するためには、諸般の知識は不可欠であり、それが自分自身のものになって初めて、問題を正しい知識に基づいて理解し判断することができるようになる。また幅広い知識を持つことで問題を解決する方法に対しても選択肢を増やすことができる。

3)知識の応用
社会が抱える問題は多岐に渡る。それらの諸問題を解決するためには、過去の事例を参考にしながらも、新たな技術を用いて対応する必要がある。無から有を生み出すことは一部の天才にしかできない所業であっても、確立された技術を組み合わせることで新たな成果を生み出すことや、その時点で問題に対処する最善策を見つけることは難しいことではない。

教育の方法

3.1. 講義に対する取り組み方
講義では、単元ごとに内容の復習をかねて演習問題を課し、学生がどれくらい授業を理解できたか確認させるとともに、学んだ知識の定着を図る。知識に加えて、考えることで解が導ける問題を解くことで学習の理解度を深める。その際に、学生が普段目にする材料を教材に用いることで学習の対象に興味を持ちやすくし、手で触れられる教材を利用して知識を実際に応用する力を養う。
学習の内容について、より幅広い知識を得て、さらなる興味が覚えられるよう、適宜、参考図書や社会的事案について紹介し、学習している内容にかかわる実際の応用に対する理解を助ける。例として、学生が普段口にしている機会の多い佐賀県で育成された水稲品種を取り上げ、それらがどのような目的に沿って育種がなされたのか、どのような組み合わせの親を用いたのか、その親が選ばれた理由や、優良個体の選抜がどのような手順で行われて品種として登録されたのか、実例と教科書を比較することで、育種の現場で行われていることと、学んでいることを明確に関連付けて理解させる。
またニュースで取り上げられた育種に関連する話題について、積極的に講義で紹介し、それらを題材に、育種学に関連した演習問題を示すことで、実際に学んでいることと社会での活用に対する理解を促す。例えば植物のある病気に対する抵抗性に関わる遺伝子など、重要な性質に関与する遺伝子が明らかになった場合には、その性質を改良することで得られるメリット、その遺伝子を利用した植物の改良方法、その方法を用いて育種を行う上で重要な点を、知識の応用として学ぶ。また遺伝子組み換え技術等の社会的にインパクトの大きい問題について、得た知識をもとに考える機会を与える。このような講義を通じて、学習で得た知識を用いて物事を理解し、解決する方法の具体的な事例を学ぶ。
さらに発展の段階として、最新の学術論文を紹介することで実際の研究活動にも触れさせるとともに、研究の方法やその実験で得られた結果の解釈の仕方を示すことで、知識に基づいた問題への取り組み方を学ぶ。これらの一連の学習を通じて、植物育種に関する課題の見つけ方、その解決方法を検討する力を養う。これらの学習の際、学生からの質問を常に受付け、それらに対する回答を他の学生全体で共有することで、全体の理解度を向上させる。

3.2. 卒業研究に対する取り組み方
あるテーマを学生に提案した際に、その研究の意義を理解させ、対象について興味を持ってもらう。そしてテーマが持つ問題を解決するための方法を共に検討する。学生の能力に応じて、自分で課題を解決するための方法を見いだせる場合には、そのテーマに関連した文献を提示し、その内容を踏まえた上で研究の方向性を決定する。一方で、そこまでの能力が期待できない学生に対しては、そのテーマで問題になっている部分を理解させ、それを解決するための方法を提案する。
どのような方法で研究を実施するにせよ、手取り足取り指導することをせずに、まずは資料(論文やプロトコール等)を学生に渡し、その内容を自分で理解させたうえで研究の実行に必要な知識を身に付けさせる。そして実験の方法等を教員とともに検討し、実験に対する仮設を立て、結果の予想を行う。その手順に基づいて、実験を進め、得られた結果に基づいて、何が明らかとなったのか、何が明らかになっていないのかを判断させ、教員と再び得られた結果について検討する。これを繰り返すことで、学生自身で考え、課題を立てて、解決できる手段を探し、実行する力を養う。

4.	教育を改善するための努力
4.1.	教材に関する改善
 実際に身に付けた知識を応用する機会を与えることで、机上の知識を本当の知識へと転換することが重要であると考える。特に私が講義を担当している専門分野は遺伝学、育種学等の知識が土台となっており、その基本を踏まえた上で、植物を改良する手法を学生に理解させる必要がある(図)。しかしながら、メンデルの遺伝の法則は、通常の中学、高校の教科書で必ずと言っていいほど目にする機会が多いにも関わらず、実際にその分野の問題を苦手とする学生も多い。また教育指導要領の主眼が遺伝よりもDNAの構造や遺伝子が働くメカニズムの理解に重点が置かれる傾向がある。両者は切っても切れない関係にあるもので、どちらかがおろそかになって良いというものでもない。そこで遺伝学の初歩を学ぶ学生を対象に「目で見るメンデルの法則」という形で、実際に学生が、メンデルが研究に用いた材料と類似したものを手にして、メンデルの法則を再確認するという手法を教育に用いている。このような教材を用いることで、形質を支配する遺伝子が両親の持つ2組の遺伝子の一方を受け継ぐという原理で決定されることを理解しやすくなることを期待している。また試験問題等も、学生が普段目にする材料、例えばスーパーで売られている真空パックのトウモロコシ等を用いて遺伝や育種に関する試験問題を作成することで、生活の周辺に認められるものと学問をつなげ、学んだ知識をもとに物事を理解する一助としている。また育種における植物とヒトとの関わりを考えさせるために、「作物の栽培化」を理解させる教材を作成した。具体的には佐賀市内に自生しているダイズの野生種であるツルマメを自分自身で探し、それを見つけることで、野生植物が人とのかかわりでどのように変化するのかを実際に体感させることで、植物に対する興味を涵養につなげている。

4.2.	実際の講義に用いる資料に関する改善
 現状では単位の取得に必要と考えられる量の知識を教えるために、十分な時間が確保されているとは言い難い。そこで学生の予習復習を助けるためにオンラインの「フォーム」を利用して、学生から集めた質問をすべて取りまとめ、回答を付したものを次回の講義の最初に配布している。このような方法をとることで、他の学生がどのような点を質問しているのかを周知し、他者と自身の理解の差を、学生自身が明確にとらえることが可能になる。また同様の内容を含む質問が多い場合など、学生にとって理解が難しい点を教員が把握できる。教科書は比較的平易に書かれているものであるが、それでも学生に理解させることが難しい内容もある。また分野の異なる学生にとっては、教科書そのものが難しいものに感じる傾向が強い。そのような場合には、より平易に説明をするために資料を作成し配布することで理解を促し、学生が学んでいる対象について、興味を持つ機会が増すことを目指している。

今後の目標

私が担当している研究分野の卒業生・修了生は一般企業や小中学校の教員を就職先として選ぶが、一定数の学生が県の農政職や育種に携わる企業へ就職している。後者の学生には当研究室で学んだ知識をもとに実際の現場において新しい品種の育成や栽培技術の開発を通じて日本の農業が抱える問題に立ち向かってほしい。私たちの研究室からこのような人材を今後も継続して輩出することを長期的な目標と位置づけ、そのような人材を育成するために、1)専門分野に関連する実際に学生が自分で触れて考えられる教材の考案、2)社会と学問の関連性を実感できる資料や事案の収集、3)学術論文を平易に説明した資料の作成等を継続して実施し、学生が自ら学んで知識を深め考える環境を整えることに尽力したい。

エビデンス

5.	教育の成果・評価
1) 農学を専門としない学生を対象に、他分野への興味を十分に喚起できた事例
2019年度に実施した「実践栽培」という講義では、普段農学に関係が少ない他学部の学生向けの講義を担当した。わかりやすい資料(根拠資料1)と、毎回の質問に対する回答、実際の農作業を通じて、学生は農業の基礎を学んだ。講義の最後に実践栽培Iに対する感想を尋ねたところ、「自分で育てた野菜を食べられることが、とても良かったです。市販の野菜より、美味しく感じました笑。農家さんの大変さが身にしみて分かった。(中略)講義で良かったと思う点は、育てた野菜を持ち帰って実際に食べることが出来たので栽培のモチベーションに繋がったことだと思う。また、プランターでの栽培を行ったことで、自分の家庭での栽培に繋がったのでよかったと思う。また、身近な野菜について詳しく知ることが出来て面白かった。」や、「座学だけでなく、畑やプランターで実際に栽培の体験ができるのが非常に良かった。特に、畑で作業したり、田植えをする機会は滅多に無いと思うので、貴重な体験ができたと感じた。また、色々な種類の野菜を育てることができたり、育てたい野菜を選べるのも良いと思った。」、「たくさんの野菜が収穫出来て、家で調理してみるととても美味しかったです。祖父母が農業をしているので手伝いに行こうと思いました。」、「私の祖父母は、定年してから家庭菜園を始め、夏は家庭で作った野菜ばかり食べています。何気なく食卓に出てきたから食べていましたが、この講義を受けて、食べ物を育てるのには沢山手をかけなければきちんと育たないし、実の大きさも違うことに気付きました。これにより食べ物への感謝の気持ちが増しました。育てた食べ物全部をきちんと育て食べることができず、反省することもありました。農家さんがどれだけ手間をかけて野菜を作っているのかや、野菜を育てることの大変さを知ることができ、よかったです。後期の実践栽培もたくさんの経験と気づきに出会いたいです。前期講義15回ありがとうございました。」等(根拠資料2)、担当教員全員の努力によって、様々な観点から農業に対する興味を喚起できたと感じている。


2)植物育種学において、毎回の質問への回答が他の研究者から評価された事例
植物育種学では、毎回の講義に対する質問をまとめ、それらに対する回答を配布することは時間的に労力が必要だったが、学生の授業評価では「毎回、プリントで質問に答えていただいてありがとうございました。難しい内容でしたが、毎回の宿題で、考えながら取り組めました。」とのコメントがあった。また、長野県野菜花き研究所で実際に作物の育種を担当している専門家から、育種に関する統計的手法の質問を受け、植物育種学で作成した講義資料に該当する説明があったことから、これまでに作成した講義資料を提供したところ、次のような返答が得られた。
「メールありがとうございました。(資料が)面白すぎて、テンション上がっています。こんな講義を大学時代に受けたかったです。私は農芸化学出身なので、コテコテの遺伝学は学んできていません。(中略)こういった学生たちとのやりとりをまとめて本にしたらどうでしょうか。監修とかやりますよ!(以下略)」という過分なコメントをいただいた。育種の専門家からみて非常に高い評価を得られたことは、学生の理解が難しい個所を救い上げ、それらに丁寧に答え、共通の情報としてシェアすることで作られる資料の有用性を示している(根拠資料3)。このような取り組みは今後も継続したい。

3)修士論文の内容をもとに学会発表を行った事例。
   令和4年12月に開催された日本育種学会九州育種談話会において、指導している学生が「最優秀発表賞」を獲得した。

参考資料

参考URL

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