佐賀大学 ティーチング・ポートフォリオ

氏名
福森 則男

教育の責任

私は,佐賀大学医学部地域医療科学教育研究センター医学教育開発部門に所属している.
私の主要な教育上の責任は,1)医学部医学科生に対して基本的な臨床手技を指導すること,2)医学教育カリキュラムの評価・改善に貢献すること,3)医学部国際交流実施部会学部学生交流部門長として国際的視点をもつ医学生を育成すること,である.

教育の理念

佐賀大学医学部の基本理念は,“社会の要請に応えうる良き医療者を育成し,もって医学・看護学の発展及び地域包括医療の向上に寄与する”ことである.
私にとって,地域包括医療・福祉の向上に寄与できる「良き医療者」とは,次のように考えている.患者の健康問題に対して,臓器系統にとらわれず幅広い医学知識と診療技能で初期対応ができる医師.患者が安心して医療・福祉をうけることができるために良好な医師患者関係を築ける医師.多職種とうまく協同できる医師.診療する地域の医療ニーズに応じて柔軟に対応できる医師.これらは,新しい専門領域である「総合診療医」のコンピテンシーにも含まれているが,診療科を問わずどの医師にも求められる基本的なコンピテンシーである.さらに,海外の地域医療の実態を把握し,参考にできる点を自身の地域医療に反映できる国際的な視野ももって欲しいと考えている.したがって,1)幅広い医学知識と基本的診療技能の育成,2)良好な医師患者関係,多職種協同を築けるコミュニケーション能力の育成,3)国際的な視野に基づき地域医療に貢献できる医師の育成,を私の教育理念としている.

1.	幅広い医学知識と基本的診療技能の育成
地域医療に従事する医師は,病床数が少ない小〜中規模病院で勤務することが多く,医師数に限りがある.そのため,地域医療に従事している期間は,自身の専門領域外の疾患の初期診療を行う機会が少なくない.初期診療に必要な幅広い医学知識と基本的診療技能をもつ医師が多く育成されることで,患者が受ける医療の質の向上につながるものと考えており,すべての医学科生に積極的に習得してもらいたい.
ほとんどの医学科生は,医学部を卒業して2年間の初期臨床研修期間が終了した後,それぞれの専門領域の研修を積むため,医学科生および初期臨床研修期間のうちに習得して欲しい.

2.	良好な医師患者関係,多職種協同を築けるコミュニケーション能力の育成
患者が安心して医療や福祉をうけるために,医師は良好な医師患者関係を構築できるコミュニケーション能力が求められる.そのためには,患者の訴えや不安に対して寄り添う「共感」の態度を示しながら「傾聴」し,疾患や検査,治療について患者が理解しやすいように丁寧に説明することで患者との信頼関係がうまれる.
また,一人の患者には多職種の医療スタッフがチームとして関わるため,多職種協同の点でもコミュニケーション能力は必要不可欠である.
医学科生は5,6年次の臨床実習以降,医療チームの一員として患者の診療に参加するため,臨床実習前までに基本的な医学的コミュニケーション技法を習得して欲しい.

3.	国際的な視野に基づき地域医療に貢献できる医師の育成
日本は,地域医療の体制や総合診療医の育成において,英国,カナダ,オーストラリアといった欧米諸国に比べて後進国である.地域医療を行う上で,海外の医療保険制度,医療・福祉体制などを参考にして自身の診療に反映するような国際的視点を要する場合がある.地域医療に関する研究だけではなく,診療においても外国人とコミュニケーションをとるために語学力も必要である.医学科生のうちから,海外の医療や文化に興味をもち,語学力の向上と可能なら短期間でも海外留学する経験をつくって欲しい.

教育の方法

1.	幅広い医学知識と基本的診療技能を育成するために
医師の診療能力は,医学知識の獲得だけではなく,診察手技や態度といった診療技能の育成も欠かせない.医学科カリキュラムで担当する科目では,臓器横断的な医学知識を基にして,医療面接や身体診察といった基本的診療技能を重点的に指導している.
医学科1,2年生のPhaseⅠ・Ⅱ「医療入門」では,血圧・脈拍・体温測定などの基本的な診察手技について実習形式の講義を担当している.
医学科3,4年次のPhaseⅢでは,臨床系講義Unit1-12で,臓器別に疾患の病態や診断,治療などの医学知識を受動的な講義で学習するが,診療技能を学習する機会が得られない.そのため,各Unitに並行してUnit13「臨床入門」を2年間断続的に開講している.この講義では,各Unit領域に関連する身体診察や検査手技を実習形式で学習することで,知識,技能,態度を相乗的に学習できるように工夫している.実習は5,6名の小グループで行い,全員が一様に手技を経験できるようにしている.実習終了時に,診察・検査手技と得られた所見の解釈について小テストを行い,学習の程度を評価している.臨床実習開始前に幅広い医学知識と基本的診療技能を学習することで,5年次以降の臨床実習で医療チームの一員として診療に参加できる実習が経験できる.それにより,学習へのモチベーションが高まることが期待できる.
これらの科目で学習した医学知識と診療技能は,6年次の臨床実習後OSCEの合否をもって総括的評価にしている.

2.	医療に必要なコミュニケーション能力を育成するために
PhaseⅢ Unit13「臨床入門」では,医療面接技法も学習する.診断に必要な医学情報の聴取だけではなく,良好な医師患者関係を築くための基本的なコミュニケーション技法を学ぶことができる.基本的な技法を講義で学習した後,小グループにわかれて医療面接を実施させている.実習には,市民ボランティアによる模擬患者団体協力してもらい,模擬患者に対して医療面接を実施する.その際,模擬患者からも患者の視点で評価を受けるようにしている.病気に対する患者の解釈や検査・治療への希望を汲み取ることは安全で最適な医療を実践するために極めて重要な学修内容である.
「臨床入門」では,学生も交代で患者役となり身体診察手技を実習させている.診察をうける患者の気持ちを疑似体験することで,患者の不安や疑問に共感的な態度をとれるように工夫をしている.またPhaseⅣ「臨床実習」直前には,附属病院の医療スタッフに協力してもらい,多職種協同に必要な医療連携やコミュニケーションの取り方について演習形式の講義を実施してもらうようにカリキュラムを設計している. 

3.	地域医療に対して国際的な視野を育成するために
医学部国際交流実施部会学生交流部門長として,協定を締結している海外の大学医学部との交換留学プログラムを企画・実施している.
医学科3,4年次には,ハワイ大学医学部が開催している臨床推論ワークショップに毎年8名を派遣している.このワークショップでは,医学英語によるPBL(Problem Based Learning)形式の臨床推論の講義や医療面接,患者への禁煙指導といった実践的な講義を経験できる.
医学科6年次および看護学科3年次には,毎年各学科4名ずつを,台湾・輔仁カトリック大学医学部に派遣している.このプログラムで派遣された学生は,台湾の地域医療機関病院で臨床実習・臨地実習に参加する.現地の医療体制や医療問題に直接触れる経験をもてるようにプログラムを設計している.

今後の目標

1.	診療技能の育成,コミュニケーション能力育成に関して
短期目標
症例シナリオを基に患者の医療面接から必要な身体診察・検査を組み立てて,所見を適切に解釈して診断に至る過程が学習できるような2020年度までに教材を開発したい.
臨床実習中の「医行為」実施率調査は,昨年度より測定を開始しており,2019年度はその集計を行う.得られた結果をもとに,2020年度以降の各診療科での臨床実習内容に反映できるように学生指導担当教員と協議するシステムをつくる.

長期目標
長期的には,幅広い医療知識と基本的診察能力を有する総合診療医の育成に特化した新たな科目を企画して2022年度までに開講したいと考えている.将来的に,その科目を受講して地域医療に貢献したいと志向する総合診療医師数が一人でも多く増えて欲しい.

2.	国際的な視野をもつ地域医療に貢献できる医師の育成に関して
短期目標
現在,医学部国際交流実施部会学生交流部門長としてハワイ大学および輔仁カトリック大学と交換留学ブログラムを実施している.しかし,臨床実習を経験できるプログラム数が少なく,十分な数の参加者を派遣できていないため、新たな臨床実習が可能な派遣先を開拓したい.

長期目標
海外留学プログラムに派遣された医学生にとって,留学経験が医師としてのキャリアや診療内容にどのように影響を与えたか調査を行い,その効果を2022年度までに日本医学教育学会や世界医学教育学会の学術集会および機関誌で発信したい.

エビデンス